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ABAの殺人(完結編)

GoShuです。

この日誌では、『黒後家蜘蛛の会』関連の書籍をときどき紹介しておりますが、本日は以前からときどき言及していた、『ABAの殺人』をご紹介いたします。

アイザック・アシモフには、SFミステリでない、純粋ミステリの長編が2作ありますが、その一つがこの『ABAの殺人』です。

アメリカ図書販売協会(ABA)の総会を舞台に起こった新進流行作家の死、という題材です。

登場人物はほとんどがABAの関係者…つまり出版社や書店や作家であり、それ以外はABA総会の会場であるホテルの関係者です。

主人公は作家ダライアス・ジャスト。つまり『黒後家蜘蛛の会』第4集所載の『バーにいた女』のゲストです。このキャラクターが非常に気に入ったので、『黒後家蜘蛛の会』のゲストにしたと、『バーにいた女』のあとがきにもあります。

このダライアス・ジャストは作家ハーラン・エリスンをモデルにしており、この『ABAの殺人』はハーラン・エリスンに捧げられています。

ABAは実在の団体ですが、当然登場人物は全員架空の人物です。しかし、唯一実在の人物として、ほかならぬアイザック・アシモフが「自信満々を一輪車に積んで押している」作家として登場します。

この『ABAの殺人』は、ジャストが訳あってアシモフに代筆を頼んだ、という設定になっています。

そして、「アシモフを完全に信用しているわけではないので」ジャストが出版前に校閲して脚注を入れた、ということになっています。そしてその脚注に対してアシモフが再脚注を入れており、結果として脚注でジャストとアシモフの言い争いが挟み込まれる、というお遊びがあります。これが非常に面白い(ひょっとしたら本文よりも)。

印象としては『黒後家蜘蛛の会』あとがきと似ていて、「どこまでも顔を出したがるアシモフ」という効果を出しています。

被害者の新進気鋭の作家は、これまでつきあいのあった出版社と縁を切ろうとしているなど、いくつか諍いの種を抱えています。

そして大会日程中に、会場内のホテルの自室で死体となって発見される。一見、それは事故に見える。

しかし、被害者がデビュー前に作家技術を教えた師匠であり、死体の第一発見者でもあるジャストが「あること」に不審を抱いて調査を始める……というストーリーです。

『黒後家蜘蛛の会』にも見られるような、罪のない言いあいがそこここにあって、ある部分は『黒後家蜘蛛の会』と似た印象があります。

しかし違うのは、『黒後家蜘蛛の会』が利害関係のない友人との会話で進んでいくのに対して、『ABAの殺人』は利害関係のある友人との会話で進んでいく点です。

アシモフの通常の著作では、読者は「心優しき読者」、編集者は「心優しき編集者」と表現されます。まず間違いなく。

しかしこの作品では、作家が感じる「出版社からの扱いへの不満」や「収入に対する不安」や「出ない人気に対するやりきれなさ」や「他の作家に対する嫉妬」などが割と色濃く出ています。

たとえば、まだ事件が起こる前、被害者の作家の本が出版社のブースに積まれていて、自分の新刊が積まれていないことに気がついたジャストが出版社の社長と話している部分。「プリズム」は出版社名、「トム」は社長。

「わたしの勘では、プリズムの新刊リストにわたしの本が入っていること自体、トムは直ぐには思い出せなかったらしい。」

ジャストが昔抱いていた編集者に対する印象。

「もし彼らの崇高な感覚に反するものが原稿のどこかに潜んでいれば、無造作にペケ印が紙切れに書きなぐられて、係の女の子から不採用の付箋の付いた原稿が送り返されてくる。神様だって、これ以上のことはできない。」

それに続く、今の編集者に対する印象。

「しかし、エディターも首を切られる、ということも後になって分かってきた。首を切られれば、エディターもエディターではなくなる。単に失業統計の数字に過ぎない。

作家の場合は違う。首を切られることはない。原稿が没になることはあるだろう。芽が出ない、食うに困る、下等な(すなわち、物書きでない)仕事をして糊口をしのぐ羽目に陥る、評論家には無視され大衆からは非難される、こんなことはあるかもしれない――しかし、あくまでも作家は作家であり、いかに芽の出ない作家、成功しない作家、腹の減った作家でも作家には違いない。どんなエディターだって、この事実は変えられない。」

ユーモアは常に混じっているものの、ここらあたりに見られるある種の「生々しさ」が、アシモフの他の著作から見て異色な点として特筆に値すると思います。

謎の内容は非常にフェア。

注意深く読み、推理を働かせれば、「不自然な点」に気がつくことができ、動機などのディテールはわからないにしても、犯人が誰かということはわかるようになっています。

(あ、私はわかりませんでしたけど)

ジャストが死因に不審を抱く理由もユニークで面白いです。

また、被害者の作家のいくつかの奇癖が謎を解く伏線になっており、「これは誰かモデルがいるのか」という邪推をしそうになってしまいます。

全体的に、アシモフファンなら楽しめる作品になっています。

難を言えば、少し淡々と進み過ぎるかな、というところでしょうか。それと、事件が起きるのが全体の1/3を過ぎたところなので、それまでが若干じれったい感じがします。

以上、『ABAの殺人』のレビューでした。

今後、もうひとつの純粋ミステリ『象牙の塔の殺人』や、『黒後家蜘蛛の会』単行本未収録作についてもレビューしていきたいと思っています(が、時間的にどうなるかわからないところがあります。すみません)。

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