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2012年10月

前回記事の反響とか。

GoShuです。

ゆうべは、7時ごろに所用から疲れて戻ってきて、ちょっと仮眠しようと横になったら、目が覚めたのは朝でした。

というわけで、ちょっと遅刻の週イチブログです。(いや、週イチと決めたわけではないですけど)

前回の記事に対して、とある参加者様から、

・『猫当てゲーム』に「伯父は電子メールはできない世代なんです」と書いてある。
・『一文字の伝言』に、イチローが出てくる。
・自分は、21世紀の話かと思っていた。(GoShu作品を除く)

などのご指摘/ご感想をいただきました。

『猫当てゲーム』の当該部分はすっかり失念していました。
切霧さんごめんなさい。指摘者さまありがとうございます。

イチローは意識的に「例外扱い」としてたんですけど(笑

また別の参加者さまからは、

・たしかに、携帯は違和感があるかな……。

とのご意見。

やはり感じ方はいろいろかな、と思います。

「それぞれの『黒後家蜘蛛の会』を持ち寄る」というのがコンセプトの企画ですので、そのあたりは各作者さまにお任せする形としたいと思います。

そして、先週悲しんでいたら、

http://www.enlog.jp/enqResult/13853/

ありがたいことに「応募したい」という方からご投票いただきました。

ありがとうございます。

お目にかかれることを楽しみにしております。

制作のほうは、これまた某参加者さまから、とある作品をいただきました。

ありがとうございます!

これについては、取扱いを考えたうえで、完成版にてお披露目の運びとしたいと思っています。

お楽しみに!

わたくしの制作のほうですが、ようやっとプロット再構成がまとまったかと思ったら、時間が取れない日々が続く仕儀とあいなりました。

しかし次回の記事までには私のシナリオを完成させたいと思います。

そんなこんなで進めております。

もろもろばたばたしておりますが、ナントカの習いとて、風邪はひかずに過ごしております。

季節の変わり目でございますので、どうぞ皆様もお体には気をつけて。

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報告と執筆と。

週刊ブログモードになっております。GoShuです。

今回は制作日誌らしいご報告を。

現在、制作状況は以下の状態になっております。

・マルティノ・ティリモさん:第二作脱稿。

・某参加者さま:初稿脱稿。現在調整中。

・GoShu:初稿執筆中。プロットの不自然な点に気付き、停滞中。

えー、主宰者のだらしなさが目につきますね。

とはいえ、私も本日先ほど、方向性を見出しましたので、近々なんとかなるんじゃないかなーと思っています。(たぶん)

そして、2ヶ月強の間、新規参加者さまはおいででありません。

こっそり企画HPのトップにアンケートも設置してあるのですが、「今回、応募したいと思いますか?」の問いに対し、

http://www.enlog.jp/enqResult/13853/

という感じでもあり、心を痛めております。

しかしこれはまあ、粘り強く待つしかないですので、心痛めるのもほどほどに、目の前の作業をこなしていきたい所存です。

報告は以上となりますが、ちょっとシナリオを書いていて気になったことを以下書かせていただきます。

私のシナリオで、諸般の事情で、携帯電話を出すと一番話がスムーズに進む部分があります。

で、そこで迷ったのですが。

『黒後家蜘蛛の会』で、登場人物が携帯電話を出すって、どうなんでしょう?どう思われますか?

アシモフが亡くなったのは1992年、携帯電話はまだあまり普及していないころです。原作にも登場人物が携帯を使う描写はありません。

たぶん私も、今回は携帯は出さないと思います。

しかしながら、原作はときどき時事的な話題を出しています。そしてそれは執筆年代で当然移り変わっています。

一番最初に出てきたのは、おそらくですが、『史上第二位』の、1976年大統領選だと思います。

最後のものは、1987年のイラン・コントラ事件公聴会(『四葉のクローバー』)、もうちょっと地味なのは1988年のソ連によるフォボス探査計画(『封筒』)となります。

第三集のあとがきで、「メンバーは年をとらない」とアシモフは宣言してはいますが、時代背景はきちんと移り変わらせているわけですね。

なので、もしアシモフが1990年代後半まで存命であれば、おそらく携帯電話があたりまえのように描写されていたと思います。

しかし、そこがパスティーシュあるいは二次創作の難しいところで、「なら出してもいいじゃん」とストレートにつながるかどうかは人それぞれの考えに依存すると思います。

やっぱり原作になかった時代背景というのは使っては不自然なのではと思う方。

いや、原作でも時間が経過しているのだから、その後も時代に合せていいのではと思う方。

両方おられると思いますし、それぞれが『黒後家蜘蛛の会』への思いや見方を持っての意見だと思います。

私は(どちらかというと安全策を取るという意味もあって)前者の方針を取りはしますが、後者の考えで作品を書かれる方がいてももちろんいいと思っています。

みなさんはどう思われますか?

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続・『黒後家蜘蛛の会』モデルの6人

GoShuです。

いろいろと裏では制作面で少しずつ進んでいるのですけど、なかなかまとめてご報告するには至っていません。

いろいろ決めなきゃならないこともあるのですけど、なかなか多事多端でそうもいかない日々が続いており、我ながら切歯扼腕というところです。

今月中には、いろいろご報告できることを目標にしつつ、本日は前回に引き続いて生存確認がてら原作がらみの話題を。

前回企画時に、“『黒後家蜘蛛の会』モデルの6人”という記事を書きました。

http://blackwidowers.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/6-ebf6.html

『黒後家蜘蛛の会』メンバーのうち、ヘンリーを除いた6人のモデルの画像を探してみたものです。

その際は、ギルバート・キャント、ジョン・D・クラーク、ドン・ベンスンの3氏を探し当てることができず、打率5割にとどまったのですが、その後さらに一人を見つけ出すことができました(たぶん)!

見つけたのは……トランブルのモデルであるところのギルバート・キャント氏です!

http://jamesagee.wordpress.com/fotos/

このサイトは、James Agee氏という、私は存じあげなかったのですが、Wikipediaによれば「作家、ジャーナリスト、詩人、脚本家、映画評論家」という幅広い活動をなさった方についてのものであるようです(写真も男前でんな)。

で、上記URL、"Gilbert Cant"でページ検索をしていただきますと

http://jamesagee.files.wordpress.com/2010/01/3a768a7952ee185e_landing.jpeg

この写真が見つかると思います。

タイム誌の執筆者の集合写真であるようです。

で、この写真の……3列目の……左から3番目。

向かって左のほうを向いた、おそらく口髭を生やしている人物。

ユーレイカ!これがギルバート・キャント氏です!

……と喜びたいところなのですが。

写真は小さいし、若かりしころの写真であることもあってか微妙にイメージが違うし。

そんなこんなで多少大喜びからは割り引かなければなりませんが。

ともかくも、これで4人目を捕捉ということになります。

ということで、残るはドレイクのモデルであるジョン・D・クラーク氏と、ホルステッドのモデルであるドン・ベンスン氏を残すばかりとなりました。

また時間を見つけて探してみたいと思います。

……って、私は日々こんなことばかりして暮らしているわけではなく、運営やシナリオのことを考えていることのほうがはるかにはるかに多いことは一応特筆させていただきます。

(ただ、このブログの価値としては、このような記事のほうが制作に関する報告よりも後々高く評価されるのではと危惧するところがあったりしますが……)

ともあれ、引き続き制作もがんばります。

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『黒後家蜘蛛の会』喧嘩腰考

GoShuです。

作業の片手間に、相変わらず黒後家蜘蛛の会関連のネットサーチをしています。

原作について以前からよくあり、最近も1つ見つけた原作に対する批判的意見として、「なんでこの人たちはあんなにケンカ腰でしゃべってるの」というのがあります。

「言いたい放題がなかったら、『黒後家蜘蛛の会』じゃなくなっちゃうじゃない!」というのはあるんですけど、ああいう言い合いに違和感を覚える方もおられるだろうな、と思います。

そのようなご意見を見るたびに思いだすのが、アシモフが晩年に書いた自叙伝、"I, Asimov" の一節です。

"I, Asimov"は日本未発売なのですが、

P.E.S.

というブログさんが紹介しておられます。

その中に、有名SFファンクラブである「フューチャリアン」に若かりしアシモフが入会したときのエピソードがあります。

http://d.hatena.ne.jp/okemos/20090512/1242097589

アシモフは、他のメンバーとの出会いを、

「しかしその他の点で私は彼ら全員に魅了され、そして精神的な故郷を見つけたように感じた。」

「私とおなじ問題含みの聡明さを有する人達と。」

と表現しています。

そして、私は「あー、それ、わかるなー!」と思ったのです。

「問題含みの聡明さ」というのはとてもよくわかる表現です。

言わなくていいことを言って人の怒りを買ったり。

自己顕示のためになんだかんだと要らぬことをしゃべったり。

そういう経験が多かったりする人には、『黒後家蜘蛛の会』の言い合いも、なんだか嬉しくなるようなものの気がするのです。

私におきましても、また。

まあ、会員はさすがにいいトシをしてますから、日常生活ではあまりそういう面を見せないでしょう。

でも、似たような性格を持つ人々が集まる、気心の知れた会ではちょっと(あるいは相当)そういう面を表に出しているんだろう。

あの言い合いも、そこらへんを了承している同士では、一つの「親愛の情の表出」として受け取り合っていると思います。

言うなれば「じゃれ合っている」とでもいいますか。

と、個人的な見解ですが、私はそういうように感じています。

それは、上記の"I, Asimov"を見る前からずっと感じていたことですね。

だから、お分かりにならない方にはわからないかも……と少々残念にも思うのですが、「似たような性格の主で集まった時のこころよさ」というものは、形は違えど誰もが感じるものではないかと思います。

あくまでも私の個人的な解釈ですが、会員のケンカ腰会話もその一環と考えれば、好きになっていただくのは難しいかもですが、理解はしていただけるんじゃないかなあ、などと思っています。

んで、上記のような考えを持つ人間が書く贋作は、悪口いい放題のものになるわけですね。

たぶん、今回もそうなると思います。

さて、最近は黒後家的なアーティクルが少なかったので、久しぶりに原作考をしてみました。

制作のほうですが、先記事にて煮詰まっていたシナリオの骨格がようやく固まりましたのでほっとしているところです。

まだ募集締め切りまでは期間があるものの、制作ToDoはそれなりにありますので、そちらにも注力していきたいと思います。

(やれやれ、やっとそちらが進められる……)

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うーんうーん

などとうなりながらシナリオ書いてます。GoShuです。

それらしきアイディアは浮かんだのですが、うまく膨らまないまま10日ばかり過ぎています。

「そういうアイディアは放擲すべきである」と内なる声がささやくのですが、「まったくどうにもならなければ別だが、そうでなければとにかく作品にすることに専心すべきである」という別の声もささやいていて、今のところ後者が勝ちを制している状況です。

ガンバリマス。

で、どうしても詰まった時に、相も変わらず原作を読むなどしているのですが、何度読んでも発見があります。

今回の発見は、「謎の根幹とは直接関係ない部分での話作りのうまさ」でした。

第二集を読んでいましたが、「鉄の宝玉」や「東は東」はうまいと思います。

前者は「アラブ圏での先祖の冒険譚」

後者は「叔父とゲストの人物造形」

が魅力的なのです。

ただ、(ユニオン・クラブなどではそれが顕著ですが)それら作話と謎との関係があまりに薄かったら、ミステリなので、感心も割引になるのですが。

上記2編は、謎との絡ませ方もうまいです。

まず上記2編での謎を最初に思いついて、「どうやって肉付けする?」と聞かれたとき、なかなか実作品のようにはならないのじゃないでしょうか。

そういうのを読むと、「まだまだこのアイディアも考える余地があるぞ」と思いもするのです。

そんなこんなで9月も終わり。

参加者、参加予定者、参加検討者のみなさま。

いっしょにがんばりましょー!

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