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『黒後家蜘蛛の会』喧嘩腰考

GoShuです。

作業の片手間に、相変わらず黒後家蜘蛛の会関連のネットサーチをしています。

原作について以前からよくあり、最近も1つ見つけた原作に対する批判的意見として、「なんでこの人たちはあんなにケンカ腰でしゃべってるの」というのがあります。

「言いたい放題がなかったら、『黒後家蜘蛛の会』じゃなくなっちゃうじゃない!」というのはあるんですけど、ああいう言い合いに違和感を覚える方もおられるだろうな、と思います。

そのようなご意見を見るたびに思いだすのが、アシモフが晩年に書いた自叙伝、"I, Asimov" の一節です。

"I, Asimov"は日本未発売なのですが、

P.E.S.

というブログさんが紹介しておられます。

その中に、有名SFファンクラブである「フューチャリアン」に若かりしアシモフが入会したときのエピソードがあります。

http://d.hatena.ne.jp/okemos/20090512/1242097589

アシモフは、他のメンバーとの出会いを、

「しかしその他の点で私は彼ら全員に魅了され、そして精神的な故郷を見つけたように感じた。」

「私とおなじ問題含みの聡明さを有する人達と。」

と表現しています。

そして、私は「あー、それ、わかるなー!」と思ったのです。

「問題含みの聡明さ」というのはとてもよくわかる表現です。

言わなくていいことを言って人の怒りを買ったり。

自己顕示のためになんだかんだと要らぬことをしゃべったり。

そういう経験が多かったりする人には、『黒後家蜘蛛の会』の言い合いも、なんだか嬉しくなるようなものの気がするのです。

私におきましても、また。

まあ、会員はさすがにいいトシをしてますから、日常生活ではあまりそういう面を見せないでしょう。

でも、似たような性格を持つ人々が集まる、気心の知れた会ではちょっと(あるいは相当)そういう面を表に出しているんだろう。

あの言い合いも、そこらへんを了承している同士では、一つの「親愛の情の表出」として受け取り合っていると思います。

言うなれば「じゃれ合っている」とでもいいますか。

と、個人的な見解ですが、私はそういうように感じています。

それは、上記の"I, Asimov"を見る前からずっと感じていたことですね。

だから、お分かりにならない方にはわからないかも……と少々残念にも思うのですが、「似たような性格の主で集まった時のこころよさ」というものは、形は違えど誰もが感じるものではないかと思います。

あくまでも私の個人的な解釈ですが、会員のケンカ腰会話もその一環と考えれば、好きになっていただくのは難しいかもですが、理解はしていただけるんじゃないかなあ、などと思っています。

んで、上記のような考えを持つ人間が書く贋作は、悪口いい放題のものになるわけですね。

たぶん、今回もそうなると思います。

さて、最近は黒後家的なアーティクルが少なかったので、久しぶりに原作考をしてみました。

制作のほうですが、先記事にて煮詰まっていたシナリオの骨格がようやく固まりましたのでほっとしているところです。

まだ募集締め切りまでは期間があるものの、制作ToDoはそれなりにありますので、そちらにも注力していきたいと思います。

(やれやれ、やっとそちらが進められる……)

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